学校教育法による「専門学校」は、1976年に専修学校の専門課程として制度化されました。
それ以前、特定の分野に特化した職業教育機関は「各種学校」と呼ばれ、1947年の学校教育法で位置づけられていました。高度経済成長期には専門的な職業教育の需要が高まり、「専門学校」と呼ばれる各種学校が増加します。こうした流れを受けて1976年に専修学校制度が整備され、「専門学校」が正式な教育制度として確立しました。さらに1995年には、2年以上の専門学校課程を修了した者に「専門士」の称号が付与される制度が導入されました。

全国専修学校各種学校総連合会「専修学校制度 40年のあゆみ」より抜粋


阿佐ヶ谷美術専門学校が専門学校として認定されたのは1977年です。 それまで各種学校として運営されていた阿佐ヶ谷美術学園のデザイン専門部と絵画専門部を再編し、デザイン科と絵画科の2学科制による専門学校としてスタートしました。受験部は引き続き阿佐ヶ谷美術学園の名称で並行運営されました。



当時のデザイン科では、1年次に全員が「ベーシックデザイン」を学び、2年次からビジュアルデザインコースまたはスペースデザインコースを選択するカリキュラムでした。この基礎教育を重視する方針は美術学園時代から継承され、現在の全学科共通の「基礎学年制度」として受け継がれています。

1978年度学生募集 デザイン科ベーシックデザイン(1年生)はデッサン、写真、平面構成、立体造形の基礎を学ぶ


1979年には、美術学園の卒業生も含めた阿佐ヶ谷美術専門学校同窓会が発足しました。在校生、卒業生の愛校意識が高まった時代だったのかもしれません。 また、専門学校化の1977年には、学生編集による学校新聞『阿佐美アートスポット』が創刊されています。発刊号の編集後記には「今はただ溜まっている課題を片付けるのだ」という学生の一文が残されており、そこには当時も今も変わらぬ学生の姿がありました。

「阿佐美アートスポット」は1977年9月創刊


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